Binary Diary

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「靴を履かない文化の国で靴を売りなさい」をマネジメント観点で解釈する

どうもこたにんです。

「靴を履かない文化の国で靴を売りなさい」

以前、とある研修でこのワードを耳にしました。
ビジネス思考のブレインストーミングのテーマとしてしばしば用いられるもの。

あなたは、とあるビジネスマンです。
ある日、仕事でこういうことを告げられました。

「靴を履かない文化の国に行き、靴を売るビジネスを成功させなさい」

これを言われたときに、どういう考え方をするでしょうか。
人によって様々ですが、大きく2つに分かれるかと。

これはいずれも一長一短の考え方だと思います。
まず市場調査からでしょう、いや市場獲得はスピードだ。
どちらの意見もあるかと思います、ビジネス的観点だと。

マネジメントの観点でこのテーマを解釈するとどうなる?

ただ、マネジメントの観点になると、このテーマの捉え方は大きく異なってきます。

この無茶振りとも取れる仕事を有無を言わさずミッションとして与える文化。
それを何も考えずに受託してゴール達成のために無心で取り組む姿勢。

数字が絶対の企業風土であればどうぞお好きにヒエラルキーに従ってください。
ただ、そこには人の意思、マネジメント観点も必要。

この無茶振りをかたちあるものにするためのプロジェクトマネジメント然り。
この無茶ぶりに耐えて人間的に成長するためのピープルマネジメント然り。

そもそもこのプロジェクトが会社の方針として打ち出された時点に課題があるのか。
それを社の方針として受け入れ予算が付き、プロジェクト化された稟議ないし会議体に課題があるのか。
プロジェクトとしてただの上からの命令に従う風土に課題があるのか。
これに対して疑問を呈さずに受動的に業務をこなす環境に課題があるのか。

こういった無茶(とも取れる)プロジェクトが発足するのは、会社の方針なことが多い。
その視座の方が議論を重ねて出した結論(のはず)なので、従うことに基本間違いはない。
その決定が恣意的な鶴の一声から発足したものかどうかはわからない。

プロジェクト化されたらやるしかない

ただ、プロジェクトとして成立してしまった以上、それを進めなければならない。
その会社の社員として属する以上、その方針には強制的にでも共感するべきである。
そこの向きが揃わない、方向性の違いを感じるのであれば、次を考えるのも視野かと。

なので基本的には、プロジェクト化されたらやるしかない。

ただそこで、メンバーとの方向性のギャップフィルを続けることが大事になる。
これが大事な理由は、メンバーのメンタルケアを実施しておくことでパフォーマンスが上がるから。
逆に言うと、方向性の違いを感じていると、パフォーマンスが下がるから。
それは、プロジェクトのQCDを追っているマネジメント層にとっては、大事な要素。

「成功させる」という明確で曖昧なゴールに向かってどう立ち振る舞っていくのか。
いかにそのゴールに向かって進んでいくか、マネジメント力を問われるところ。
何を成功として、どれくらいを成功とするのか、定量的な指標を定める必要がある。

「靴を履かない文化の国で靴を売りなさい」を定義する

今回のテーマを例にあげると、この文章をいかに細かく定義するかが肝。
ブルーオーシャンだのどうでもよくて、これは何をどう定義づければよいのか。
そこがマネジメント的解釈を必要としてくるところ。

靴を履かない文化

これは、靴というもの自体を知っているのかどうか。
知ってて履かないのか、知らないのか、そこを明確に定義しておく必要がある。
知ってて履かないのであれば、履くことのメリットを明確にすればよさそう。
そもそも靴を知らないのなら、シンプルに靴についてプレゼンすればよさそう。
どのレベルのクオリティの靴が求められているのか、が変わってくる。

の国

これは言語の問題になってくる。
日本語が伝わるところではなさそうなので、翻訳コストを考えなければならない。
あと単純に現地調査のための移動コストや時間のコストも考えなければならない。

で靴を売りなさい

どれだけの期間で、どれだけ売ればよいのか。
ユーザーに価値を提供するまでの時間、納期を定めておく必要がある。
納期を決めると、作成する品質も変わってくる。

結局のところ、この文章を細かく定義すると、QCDに行き着くことになる。
あとはトレードオフスライダーとかでうまいことプロジェクトマネジメントすればよい。

靴事案はブレストにはもってこいのテーマだった

まとめ。
この靴事案は、ビジネス的によいテーマだし、マネジメントにも持ってこいだった。