どうもこたにんです。
「公式を覚える」のか「公式を導く」のか
数学の公式ってあるじゃないですか。
あれって、受験の時に無理やり頭に叩き込んで覚えることありますよね。
「ていへんかけるたかさわるに」
「にえーぶんのまいなすびーるーとびーにじょうまいなすよんえーしー」
「ちんこすこすちん」
まあ、いろんな公式がありますと。
言葉の響きや語呂合わせで覚えてしまうと、本質を見失ってしまいます。
ただしかし試験を突破するには本質度外視で覚えた方がよい人もいる。
豈図らんや。
公式を覚えること
途中式や真意は理解しすぎず、単純に答えが導ける式だけ覚えてしまう。
これは、シンプルにコスパがいいです。
三角形の面積を導きたいときに、何も考えずに底辺と高さをかけて2で割る。
なんで2で割るといいのかを考えずに、これで答えが出るからそれでいい。
公式を覚えてしまうことで、必要最小限の労力で事が済むのはいいことです。
ただそれでは、過程や考え方が身につくことはなく、それは残念なことです。
映画の結末だけ知ってても面白くないし、なんでこういう結末になったか理解できない。
まあそんな感覚でしょう。
公式を導くこと
公式とは基本的に、何かしらの解を求めるためのものです。
何かしらの解を求めるときには、その解に至るまでの道のり、メソッドがあります。
三角形の面積を求めるときに2で割る理由も道のりを知れば納得みが増します。
だって四角形の半分だから、四角形の面積を求めて半分にすればいいじゃん、ということ。
この過程を理解して納得しておけば、公式って覚える必要はなく導けるのです。
それは解の公式だろうと同じことです。
ラマヌジャンの公式だって同じかもしれません、それは違うか。
過程を知れば結果がわかる
数学の公式は、過程を知っておけばいつでも自分で得られるものです。
拡大解釈をすると、結果がわかりたいのであればしっかり過程を知ることです。
「こういう結論、結果になりました」「へー」ではなく。
自分の描く結果にするには、どういう過程を辿ればいいかをイメージできることが大事。
そのためには、結果だけを教わる覚えるのではなく、過程を身を以て体感すること。
プロセスもリザルトも大事に。