Binary Diary

so beautiful beautifulさ

定量目標を立てると追い込まれてからやる人種

どうもこたにんです。

定量目標を立てると追い込まれてからやる人種

っているじゃないですか。
そうです、わたしです。

B型の特質、として片付けていいものか。
「課題はギリギリまでやらない」というね。
否定はしないし、同意する。

その特質は自分ではとても理解している。
プリントの提出は苦手だし、案件のハンドリングを怠ることもある。
健康診断の予約はしないし、メールの返信は怠ってしまう。

ただそれって、やりたくなくてやらない、とも少し違くて。
他にやりたいことやるべきことが、山積している状況なときが多い。
今でこそそれは仕事に関わることで、時間的にも精神的にもかなりの比重をもっていかれる。
それがシンプルに、他のやるべきことを見えなくしてしまう。

やらなければいけないことはわかっている。
ただそれの優先度を付けることを心が拒絶する。
 

やらなければいけないことを心が拒絶する

なぜ拒絶をするのかというと、心に余裕がないから。
なぜ心に余裕がないのかというと、自問自答で解決しない課題があるから。
なぜ自問自答で解決しないのかというと、なぜだろう。

という思考の沼に落ちてしまう。
その沼が、他の行動を無意識下で制限する。
すごく、感覚的なもの。
その感覚に嵌ってしまい、アクションを鈍くする。

じゃあその鈍くなったアクションを加速させるにはどうしたらいいのか。
それっぽい言葉を使うと「モチベーションを高める」ためにはどうしたらいいのか。
 

何もかもが終わったらしたいことリスト

今までの経験則からすると、ゴールの向こう側に飴ちゃんを置くこと。
ここでいう飴ちゃんというのは「自分へのご褒美」というやつ。

過去に卒業論文に追い込まれて、それでもやりたくないという時期があった。
そのときに何をしたのかを思い出してみた。

「何もかもが終わったらしたいことリスト」というのを作った。

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(奇跡的に高専時代の写真出てきた)

これだ、これだよ。
曖昧な記憶を辿ると、ここにはさまざまなことが書かれていた気がする。

  • ニエンテクリア粘着
  • 当時流行ってた何かの映画を見る
  • 部屋にあるコミックを片付ける

みたいな、すごく具体的にやりたいことを書いていた、気がする。

この「何もかもが終わったらしたいことリスト」が、自分のモチベーションを高めていた。
いまのわたし、このリスト、ないなあ。。。

ということで、なんだか心が沼に嵌っている現状を打破しよう。
「何もかもが終わったらしたいことリスト」を作ろう。
10年ぶりに。
この写真、2010/02/07のものだった。

やるぞ、やるぞやるぞ。

それでは聴いてください、国民的行事


国民的行事