Binary Diary

ありのままでいいのかな

疲れを見せるな(ただし疲れてることをそっと教えろ)

どうもこたにんです。

 

「疲れを見せるな」

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中学生の頃に所属していたバスケ部のコーチから言われたこんな一言をふと思い出しました。

「疲れを見せるな」

これはスパルタ教育方針というわけではなく、疲れを見せると相手に余裕な気持ちを生ませてしまうから、という理由でした。
これにはとても納得して、疲れていても疲れを見せない立ち居振る舞いを会得した。

そもそも疲れないためにスタミナを付けろという意見も一理あるが、今回はそういった話ではなく。
「疲れを見せない」ということが、いかに大事でいかに危険か、という話。
 

疲れを見せなければ外の人間は安心するが

疲れを見せずに隠すこと。
これは外の人間のためにしかなりません。

「うちのチーム疲れてないじゃん!よかった〜がんばれ〜!」

としかなりません。

何か大きなプロジェクトを進めているとき、モチベーション維持などのために暫定的に使う手法としてはアリです。
健康的な姿を見せることで、周りへの安心感、並走しているチームへの鼓舞などにもなります。
 

疲れを見せなければ中の人間は心配する

疲れを見せずに隠すこと。
これはチームの中の人間にとってはかなり危険な状況です。
誰がどう疲れているかがわからず、スタミナが尽きるまで稼働し続けるわけです。

疲れを見せずに100%以上の力を出し続けること。
これは自身の成長にはもってこいの荒療治ではあります。

ただ、いつ誰が倒れるかわからない綱渡り状態のチーム。
もしそれで誰かが倒れしまうと、外で安心していた人たちにも不安を与えてしまいます。
周囲の不安を払拭するために取り繕って疲れを隠しても、こうなってしまうと本当に文字通り「元の木阿弥」です。
 

「疲れを見せるな(ただし疲れてることをそっと教えろ)」

では、不安不安のスパイラルを生まないようにするにはどうしたらよいか。
今回の場合だと、このアドバイスがいいのではないでしょうか。

 

「疲れを見せるな(ただし疲れてることをそっと教えろ)」

 

対外的に疲れを見せないこと、それはシンプルにいい効果を生みます。
ただそれだけだと疲れている当人が倒れてしまうとおしまいです。
それを避けるためにできること、それは疲れに気付くことです。

疲れていることをチームで気付くことができる状態。
その状態を作り出すことができれば、それに対するケアを打つことができるわけです。

疲れに気付くため、疲れを伝えるための方策というのは、環境や個人それぞれなところはあります。
ただ、疲れを伝える側も、それに気付く側も、双方で認識を合わせておかなければいけません。
「疲れていることを教えろ」だけではとても難しいことで、それにはチーム全体の協力が不可欠なのです。
正直に「疲れた!」と言い出せる状態のチームであればベストなのだけど、なかなかそうもいかないときもあるでしょう。
そしたら、それとなく伝えるためのサインを決め合うとか。
まあ他にもなんとか、やり方はありそうです。

いずれにしても、疲れを伝える、疲れに気付くことがとても大事。
 

「疲れるな」

なんやかんやと方策を立てたものの、一番の解決方法はやっぱりこれですね。
「疲れない」こと、すなわち「疲れ知らず」であることで、疲れに対するアクションをそもそも考える必要がなくなります。

まあそれはどだい無理な話なので、せめても「疲れづらい状況」を作り出せるといいのかもしれません。
小休止を入れる、オフの日を作る、その業務を忘れられる別タスクをする。
まあなんでもやり方はありそうです。

「疲れるな」なんて厳しいことは言えない。
ただ「疲れを見せるな(ただし疲れてることをそっと教えろ)」なら言えそうですね。


はあ、疲れた。