どうもこたにんです。
「忙しいの?」
わたしは「忙しいの?」と聞かれても「忙しい」と返すことはありません。
どんな状況であろうと。
「忙しい」という言葉が絶対的に定義されていない
1日10時間働くことが忙しいのか、複数とタスクを掛け持つことが忙しいのか、締め切りに追われることが忙しいのか。
「忙しい」というのは、主観の域を超えないわけです。
1日10時間働く人のことが忙しく見えても、実はその人にとっては当たり前で忙しいとは微塵も思ってないかもしれない。
その逆も然りで、1日10時間働くことに忙しいと感じていても、他の人にとってはそんなことないかもしれません。
「忙しい」ということばの定義が絶対的なものではないのです。
「忙しい」とは「時間に余裕がないこと」
どんな状況であるかに関わらず「忙しい」ということばに定義をつけるならこうなります。
「時間に余裕がないこと」が「忙しい」ということ。
同じ作業だろうとマルチタスクだろうと、それを処理するために必要な時間が足りなくて追われている状況が「忙しい」と言えます。
先ほど「忙しい」とは主観の域を超えないと言いました。
これは、終われているタスクを処理する能力が人それぞれであるからです。
8時間しか時間がないときに、8時間ギリギリいっぱいもしくはオーバーする程度のタスクをしていると、忙しいと感じます。
他にタスクが差し込まれた瞬間に、忙しさは増します。
時間に余裕がなくなるからです。
しかし8時間ギリギリのタスクを5時間で終わらせられる能力さえ持っていれば、忙しい感覚はなくなります。
時間に余裕があるからです。
このように、何の作業をしているかには関係なく、どれだけ時間に余裕があるかどうかで、忙しいと感じるかどうかは変わります。
「忙しい」を乗り越えるには「処理能力」を上げること
「忙しい」とは、自分の処理能力の限界を宣言しているようなものです。
時間に余裕がなくて手一杯で、他のことを差し込まれても捌く時間もない。
一人称で見る「忙しい」とは、ギブアップ宣言と何ら変わりません。
じゃあどうすればよいのか。
簡単な話です。
2コアのCPUをフルに使わないと処理できないものは、4コアにするだけで余裕で処理できる。
つまりそういうことです。
処理能力を上げればよいのです。
処理能力のあげ方にはいくつかやり方があります。
1つのタスクに集中する
これはシンプルな方法です。
1つのタスクに集中することで能率を上げる方法。
他のことを考えなくなるので、脳のスイッチにかけるコストが最小になります。
トータルで見るとタスク処理の総時間は減るかと思います。
タスクの優先度を下げる
今やるべきタスクはどれかを見定めて、不要不急のタスクを少し後回しにする。
集中することと似ていますが、これでやるべき道筋とゴールが明確になって、ひとつのタスクに対する能率を上げることができます。
締め切りを延ばす
優先度を下げると似ています、後回しにすること。
後回しにする際に、いつ再始動させるかといつ終わらせるかは決め直しておく。
タスクの完了を待っているところと合意しながら、自身の作業効率化のために締め切りを延ばす。
タスクを切る
もういっそ、やらないタスクを決めれば、それだけで時間は増えます。
大胆だけど確実に時間的な余裕が増える方法です。
タスクをやらない代わりにどうするのか、やらないための説明というのは必要そうですね。
他者を頼る
これはとても将来性のある手法です。
自分にしかできなさそうなものでも、よく見たら周囲のひとが行えるかもしれません。
自分ひとりでできないのであれば、他者にもやってもらえばいいのです。
CPUコア数を増やす例に非常に近いです。
「忙しい」は頼られてる証拠であり、頼られなくなる条件
「忙しい」という状態は、時間に余裕がないと言いました。
持っている使える時間に対して十分にタスクがある状態です。
これはひとえに、自分のスキル・自分の能力を信頼されている証拠です。
頼られているからこそタスクがあるわけで、それをこなすことが信頼に応える方法です。
信頼しないとタスクは積みません。
しかし「忙しい」状態になってしまうと、それ以上は頼られなくなります。
余裕がない状態の人に、それ以上のタスクを与えても捌ききれないので。
だからといって常に余裕な振る舞いをしていなければいけない、というわけではありません。
「忙しい」ときは「忙しい」立ち居振る舞いをして、きちっと信頼に応える。
それでも「信頼されるべき立場」にいる人は、また少し立ち居振る舞いは変わります。
「信頼されるべき立場」の人は「忙しい」状態を見せ続けてはいけません。
誰かがあなたを頼りたいときに、あなたに余裕がなかったら頼ることができません。
その誰かの危機的状況、アラートをキャッチできなくなってしまうわけです。
「自走を促す」といえば聞こえがいいかもしれませんが、その自走すらままならない状況のメンバーを救うための道を閉ざしてしまうことになってしまいます。
「忙しい」とはおおっぴらにしすぎてもいいことないです。
「忙しい」という言葉の奥にある状態を認識すること
ここまで「忙しい」という言葉について、いろいろと考えを巡らせてみました。
- 「忙しい」とは「時間に余裕がないこと」
- 「忙しい」を乗り越えるには「処理能力」を上げること
- 「忙しい」は頼られてる証拠であり、頼られなくなる条件
これらはいずれもやはり主観の域を超えません。
誰かが「忙しい」という言葉を発した時、その奥にはどういう状態があるかをしっかり認識する必要があります。
タスクを積まれたくないためのブラフかもしれないし、限界だから手助けしてほしいというアラートかもしれない。
きちんと忙しいの向こう側を認識すること。
「忙しい」と発する側としては、しっかりとそれを取り巻く状況を説明すること。
これらを意識していくといいのかもしれない。
お忙しいところ申し訳ないけど。
それでは聴いてください。