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「視座の高め方」を教えてもらった同僚のエンジニアリングマネージャーが会社を卒業した話

どうもこたにんです。


「視座の高め方」を教えてもらった同僚のエンジニアリングマネージャーが会社を卒業した話

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先日、同僚のエンジニアリングマネージャーが会社を卒業しました。

わたしが入社したときに、わたしの上長として居てくれていた方。
その後もチームリーダーとして、マネージャーとして、居てくれていた方。
5年数ヶ月という期間、弊社の技術革新とエンジニア組織づくりの先頭に立ち続けてくれた方。

この方にはとてもたくさんのことを教わり学びました。
今回は、その方との思い出とかを勝手気ままに綴ります。

「人を見ること」を身をもって教えてくれた

わたしは現職に入社したときは、ひとりのプレイヤーだった。
そのときはまだエンジニア組織として確立されていなかった。
プランナーの組織にエンジニアが混ざっている感じの状態。
なので、チームとしてわかれているわけでもなく、ただなんとなくチームみたいなくくりがいくつかった。
そのときのチームリーダーとしていたのが、この方。

いちWEBアプリケーションエンジニアとして入社したわたし。
そのときは内製エンジニア最年少で入社したわたし。
若さが残るわたしを、常に引っ張ってくれた。

引っ張ってくれた大部分はやっぱり技術的な面だった。
作り方に悩んで「どうしたらいいですかね?」って相談することが多かったんだけど、そのときに必ず言われたセリフ。

「小谷くんはどういう風にしたらいいと思う?」

いっつもこれを聞かれるのである。
はじめのころは「えっ、えっと、、、それがわからなくて相談してて、、、」って感じで、なんでこの方はこんな意地悪な聞き返し方するのかなあって思ってた。

ただ、何度も何度もこの質問をされていくうちに、わたしが変わった。
質問をする前に、徹底的に調べるようになったのである。

それまでも調べてないわけではなかったけど、それが足りなかったというか。
たくさん調べて、いくつかの案を考えて、それを持って相談するようになった。
なので、質問の仕方が変わった。

「これとこれの方法があるんですが、どの方向性がいいと思いますか?」

っていう質問の仕方ができるようになったのである。
自分で調べて、方法に根拠を持って、相談する。
するとその方も、建設的な返答をしてくれるようになったのである。

これはひとえに、わたしを伸ばしてくれるための方策だったんだなと、エンジニアリングマネージャーになった今ならわかる。
この方は常に「人を見てる」んだなあと。
人を見ることを大事にしているからこそ、伸ばすための返しをしていたんだなあと。

人を見ることが、ここまで個人の成長に影響するのかと、すごく体感した。

「視座の高め方」を教えてもらった

この方からは多くのものごとを学んだんだが、一番印象に残っているのは「視座」のはなし。

とあるときに、こんなことを言われたのです。

「視点を持つ、視野を広げる、ではなくて視座を高めよう」

これは今でもよく覚えてる(が、この方はあんまり覚えてないらしい)

「視座」とは、ものを見るときの立場のこと。
「視点」「視野」とは違う言葉。

そもそも物事を見るときの立場を高めて、俯瞰的に見なさいということ。
いろんな立場でものごとを捉えることで、本質的な課題が見つかるね、ということ。

それまでは目先の課題に囚われて、少ない手段で解決しがちだったわたし。
「視座」という言葉を知り、それを意識することで、課題解決の幅がとても広がった。

今でこそなんでもかんでも課題を見つけがちな過ごし方になってるんだけど、この過ごし方の素地は、この方のこの言葉から生まれたのかもしれないなあと思った。

「受容すること」を教えてくれた

冒頭にも話したが、わたしはもともとプレイヤーだった。
入社時から「マネージャーになる」という意志を持って入社したが、それでもプレイヤーの期間もそこそこあった。

だが、時間が経ち、内製エンジニアが増えてきたときに、わたしもチームを持つ機会が訪れた。
マネージャーになる直前、この方は、わたしのために時間を使ってくれた。
プレイングマネージャーはしんどいよ」とかいう警鐘からはじまり、こういうときはこうしたらいいよとかアドバイスをたくさん。

そんなアドバイスは今更なんですよ。
わたしは、あなたのもとで、この方のチームのプレイヤーとして、長くを過ごしました。
あなたが体現してくれたことを全身で浴び続けたんですよ。
だから今更言われたって、体に染み付いてるから大丈夫なんです。
って思いながらも、言語化してくれたアドバイスをたくさん聞いた。

まあなんだかんだいちばん大事なのは「受容すること」なのかなと思った。
わたしがプレイヤーだったころ、なんだかんだ受容してくれてたなあって。
どういうやり方をしたって、どういう働き方をしたって、どういうワガママを言ったって、どんな横柄な態度を取ったって、最終的には受容してくれた。

本当に、人として、人を見続けてくれてたんだなあって。


もらってばっかでごめんね

なんだか、この方からは一方的に学び続けたなあと。
入社直後から、たくさん面倒見てもらったなあと。
今のわたしの進む道を開いてくれたなあと。

感謝してもし尽くせない。
もらってばっかでごめんね。
何かおかえしできてたかなあ。
できてるといいなあ。
自覚はないなあ。

でもこんな話しても、あなたはこう言うと思う。

「小谷くんの力だよ」

いつも、なんだかんだ、受容してくれる。

ワガママで生意気な部下だったと思う。
それでもいつもいつでも、最強の包容力で抱きしめてくれてありがとう。

だいすき。