Binary Diary

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追う側と追われる側

どうもこたにんです。

 

追う側と追われる側

ごっこの話ではないです。

その昔、追う側と追われる側を経験しました。

ゲームのランキングの上位を争うという経験です。

 

追う側というのは、ランキング10位とかから1位をめざす目線。

追われる側というのは、ランキング1位を守り抜く目線。

これのどちらも経験して思うわけです。

 

「追われるの、つら」

 

追う側は、明確にする目標があります。

ランキングが自分よりも上の人、が明確な目標です。

そこをめざせば良いのです。

 

追われる側には、明確な目標はないです。

さらに上はいないので、自分自身を超えることしかできないです。

自分を超える、をし続けなければならないのです。

 

自分と向き合い続けること、これがつらい。

常にそのときの最高値を更新し続けなければいけない、高くあり続けなければいけない。

自分の苦手を少しでも減らし得意を少しでも増やす、これの連続である。

 

でも追われる側もそれは同じではないか。

自分の最高値を更新し続けることでランキングがあがっていき、上位になることができる。

すこし数値の目標が見えやすいだけで、やることは変わらないのではないか。

 

取り組みとしては追う側も追われる側も同じである。

自分を超える、それの繰り返し。

むしろ上位とのギャップが見えてしまっている分、追う側のモチベーション的には不利なのかもしれない。

 

追う追われるよりも、自分を超え続けたら追われる側になっていた、が良いよね。

結果的にね。