どうもこたにんです。
大して結果が変わらないことを選択すること
『人生は選択の連続だ』
という言葉を耳にしたことがある方も多いと思います。
生活では常に選択をしていて、それが絶え間なく続くと。
自分の意思で選択をし続けて、より豊かな人生を送れるといいよねと。
まあ、言わんとしていることはなんとなくわかります。
ただ、思うときもあるんですよね。
その選択、本当に必要ですか?
例えば外出前の身支度のシーンを想像してみましょう。
タンスの引き出しを開けて、靴下を選びます。
今日は赤色かな、薄橙かな、黒かな、白かな、選びます。
何履いたって靴下は靴下ですし、それが何か人生を左右する出来事につながるかというとその可能性は限りなく低いです。少なくとも私の人生において、その日履いていた靴下のおかげで変化がおきた出来事はないです。
例えば日用品の買い物のシーンを想像してみましょう。
家のシャンプーが切れたので新しいシャンプーを買う必要があります。
今回はこの新商品使ってみようかな、いつものにしようかな、こっちもなんかよさそうだな、選びます。
なにか特別な事由(ヘアケアをしなければならないなど)がない限り、どのシャンプー選んだって髪は洗えますし、それが何か人生を左右する出来事につながるかというとその可能性は限りなく低いです。
選択とは、人間は無意識下に行っていることが多いと言われています。
歩くときにわざわざ意識して右足から出そうか左足から出そうかは考えないです。
靴下の色なんてそんなに意識してないかもしれないです。
ただ、選択には少なからず脳のリソースは使っているし、カロリーは消費しています。
マーク・ザッカーバーグの私服の話、知っている方も多いと思います。
ザッカーバーグ氏は、基本的に同じ服しか着ていないらしいのですが、その理由があります。
経営者として常に多くの決断を迫られるので、日常の無駄な決断を減らして意思決定のエネルギーを節約し、決断で疲れることを防いでいる
服を選択することよりも重要なことに選択のカロリーを消費したいということです。
「服を選ぶことに意味がない」とまでは言ってないですが、より意味のあることに選択リソースを割きたいという話です。
「人生に大きな影響は与えないけど、その日のモチベーションを左右するので服は選びたい」という意見もあるでしょう。
それはとても正しいですし、その意見は大事にするべきです。
私も、なんだかんだ言って毎日着るTシャツは選んでいる自覚があります。
ただ、その結果としてモチベーションが左右されているかというとその根拠はないです。
自分がそう思い込んでるだけで、本当は何の意味もない選択をし続けているのかもしれないです。
ただ、選択の回数を減らすことで意思決定のスピードを上げ、スピードが上がることで他にやるべきことをやれる時間が生まれるという利もあります。
10秒の些細な選択が毎日100個あったとしてそれがなくなれば1日15分以上の時間を生み出せるわけです、それが1年続けば4日分以上の価値になります。
つまり、100個の無意味な選択をし続けていることで、1年のうち4日間失っているということになります。
極端な算数ですが、それくらいのインパクトがあるということです。
ここで改めて自分の生活を振り返ってみましょう。
先ほどの例のような、人生に何の影響ももたらさない選択をしていませんか?
時間が足りないと思っている人ほど、さまざまな選択を自ら率先してしちゃっているのかもしれません。
選択の回数を極力減らしてみるといいかもしれません。