Binary Diary

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「できない」を補完するより「できる」を高める

どうもこたにんです。
 

「できない」を補完するより「できる」を高める

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人には得手不得手というものがあります。
得意なこと、できること。
苦手なこと、できないこと。
 

周りを見るから「できない」

できないこと、を何か想像してみてください。
そのときって必ず、自分ではない何かと比較しませんか?
できないこと苦手なことというのは、それを得意とする人と比べてしまいます。

周りを見て、比べてしまうから、「できない」に囚われてしまう。
周りを見る、上を見ることは今の自分の程度を知る上で大事なことではあります。
ただそこで「できない」という事実だけで終わらせてはいけない。

できる人と比べた結果、その人と今の自分にどんなギャップがあるか。
そのギャップはどういうアクションをすることで埋まっていくのか。
そこまで掘り下げてはじめて「できない」が具体化される。

そこからアクションに結び付けることは絶対ではない。
「できない」を受容しているなら、何の問題もない。
それを「できる」に転換しなければいけないときだけ、アクションすればいい。

 

「できない」があったからこその「できる」

では逆に「できる」というのはどういったものでしょうか。
自分のできることを何か想像したときって、あまり周りとは比べないかもしれないです。
それよりも自分自身の体験に基づいて成長した記憶が想起されると思います。

過去の自分が「できない」状態で、そこからアクションしたからこそ「できる」になるわけです。
先天的にできることなんて、極端に言えば呼吸くらいしかないです。
あとは全て後天的なもので、訓練や試行を重ねることで「できる」ようになる。

加減乗除のしくみを理解すれば、計算ができる。
プログラミングをたくさんすれば、幅の広い実装ができる。
マネジメント本を読めば、チームビルディングができる。
かもしれない。

自分が何を経て「できる」ようになったのか。
できるようになった結果、どんな役割を手に入れたのか。
行動や体験を振り返ることが大切。
 

「できない」を補完するより「できる」を高める

自分ではない誰かに、キャリアパスや現場の悩みを相談されるとき。
相談元はたいてい「できない」ことを語ります。
悩みの種がそこにあるから、できないことを話すのは当然です。

ただその悩みを受けたら、できないにフォーカスしてばかりではいけません。
「何でできないの?」ではなく「どうなったらできると言えるの?」です。
「できる」に転換させるための具体を掘り下げるきっかけを与えなければいけない。

「できない」を悩むときは、自分の目の届く範囲に「できる」人がいるときです。
それで相対的に比べてしまうのは仕方のないこと。
掘り下げるともしかしたらそれは、自分に必要のないことかもしれない。
本当に自分のスキルとして身に付ける必要があることではないかもしれない。
(まあ最低限「できる」必要があることもあるだろうけど)

「できない」を補完するより「できる」を高める方が成功体験は多くなる。
という思想と統計のもと、強みを引き出して伸ばすマネジメント方法もあるくらいです。

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0
 


「できる」ことが何に活かせるか、そこに着目する。
そうすると、より自分らしく、自分だからこその役割が手に入る。

そう思うんです。