どうもこたにんです。
センサーこそが生活を便利に変えるんじゃなかろうか
音声操作で生活を変える世界は来ませんでした。
では一体、どういう世界なら便利になりそうでしょうかね。
音声操作での効率化以前に、家の中ではすでに便利なものはあります。
それが「センサー」です。
センサーにもいろいろありますが、ここは話を分かりやすくするため「センサー」という広義で呼びます。
廊下通ったら自動で電気がつくとか、トイレに入ったら自動で蓋が開くとか、外が暗くなったら自動でライトがつくとか。
センサーによって、暮らしが便利になっていることは多いです。
家の外においてもそうです。
特に「自動ドア」はセンサー界の頂点に君臨してると言っても過言ではないです。
扉の前に立つだけで扉が勝手に開いて勝手に閉まる、こんな便利な体験はなかなかないです。
こういったところから考えるに、便利であることはすなわち「無意識に自動的に」というところになってくる気がします。
「電気をつける」「ドアを開ける」などは、基本的には意識して手動でやらなければいけません。
生活する上で必要な行動ですが、その行動に意識を傾けなければいけません。
この意識から解き放って、無意識下で行動が進むこと、それが便利であることなのかなと思います。
そうなってくるとやはり、「音声操作」というのは不向きです。
音声操作は意識レベルが高過ぎるのです、どこに向かってなんという言葉をどう発生するか、というのを意識しないといけないので。
センサーというのはその点が非常に優れています。
前述したもの以外にも、重さを測る、温度を検知する、音を拾う、色を拾う、距離をはかるなどなどのセンサーがあります。
活用方法は無限大です、なんだってセンサー化できてしまう。
センサーであれば、勝手に検知してくれるので「無意識に自動的に」を満たしてくれるわけです。
これからはAIというものも搭載されていくので、個人の顔を認識して検出するセンサーや、特定の動作に反応するセンサーなど、検知対象をよりカスタマイズしていけるのではないかと思います。
なので、どういう世界なら便利になりそうかという問いに対してのアンサー。
「無意識に自動的に」を満たしてくれる勝手に反応するセンサー。
センサーがアンサーなんさー。